身近に潜む賠償問題その2【野村義樹@深圳】

第2回 身近に潜む賠償問題その2

今回は引き続き前回の「賠償問題」のその後について報告をさせて頂きたい。
これは自分達だけで対応するには手ごわすぎると考え、このような事態のために入っていた保険会社に相談することにした。
加入窓口であった保険代理店担当者に事件の経緯を電話で伝えたところ、早速アジャスターの方と一緒に現場検証に来てくれた。

アジャスターという存在自体、私自身は今回初めて知ったのだが、中国でも日本同様、事故調査員として保険の適用度合いを判断する被保険者にとっては非常に重要な人物である。

現場検証の後にアジャスターの方に、法外な金額を請求されていることなど現状を詳細に説明した。

聞き終わって頷いてからアジャスターの方が最初に発したのが
「加入したのが日系保険会社で本当に良かったですね」
という言葉。

どういう意味かというと、今回のようにお客様側にも多分に過失がある場合 中国系の保険会社であれば、いろんな免責条項などから、そもそも保険金自体がおりる可能性は低いとのこと。
当初、積極的に日系の保険会社を薦めてくれた保険代理店の営業マンに感謝感謝である。

その後、アジャスターの方から今後の対応方針を説明いただく。
お客様の要求する全額を払うのは到底無理ではあるが○○元までなら保険金対応できるので、お客様と再度交渉してくださいとのこと。
私達では興奮状態のお客様と交渉するのは無理だと粘り強くお願いした結果、本来保険会社やアジャスターは直接お客様と会うことは禁じられているところをなんとかアジャスターという身分は隠し、弊社の「法務担当」という偽の立場で面談に参加してもらえることになった。
これで後は専門家に任せておけば大丈夫だろうと安堵した。

満を持して臨んだ面談の場でアジャスターの方が、法律的な解釈や事例から支払金額根拠をテキパキと説明していく。
次々と披露される専門的知識に対して前回までの面談では、まくしたてる急先鋒だった怪我人の夫も反論の機をつかめずほとんど発言がないまま座っていた。
アジャスターの方が金額説明を終え、実際にお金を渡すには今回の事故でかかった医療費、通院交通費などそれぞれの領収書を 提出してもらう必要があるということを伝えたときに例の旦那が口を開いた。

「こんな低い金額しか賠償できないなら領収書はコピーしか渡さない」

中国では、税法上厳格な領収書管理がされており、正式な領収書でないと経費として計上できない。
つまり中国では会社のお金で買ったものでも、税務局の発行する領収書がなければ、税法上は使途不明金扱いになってしまう。

旦那が領収書を渡したくない目的も明確で、怪我人自身が入っている保険にその領収書原本を提出してそこからも保険金をもらおうとしているのである。本当に文字通り
「転んでもただでは起きない」

アジャスターの方も、
「もし請求額どおりでなければ納得できないのであれば、法廷で争うことになりますが、時間も何ヶ月もかかりますし、そもそも先ほど説明したようにそんな請求額は通らないですよ!」
と少し興奮している。
しかし、相手も一歩も引かず
「コピーで内容分かるだろ?なぜダメなんだ、そっちが加害者で、オレ達は被害者だぞ!!」
と私達が故意に転ばせたかのような物言い・・・

結局、期待とは裏腹に、この日は収拾がつかずアジャスターが
「こちらの方針はお伝えしましたので、もう一度考えてみてください」
と言えば先方は
「そちらこそ、コピーでお金を払えるように社内で考えろ」
と言い放ってむしろ前回よりも少し険悪にすらなった状態になってしまった。
やはり、安心するのはまだ早かったかと、店長と一緒にため息をつく。

この事態を聞いて慌てたのが保険代理店の女性担当者。
このメンバーじゃ引き続き面談をしても埒があかないと思ったのか、
「再度面談しましょう。次回は私も御社の社員ということで参加いたします」
と提案。
ここまできたらもう指示されるがままに、私達も再度お客様との面談を設定した。

日を空けること約1週間、こうして私達は臨時の社員2人を仲間に加えて最終面談に臨んだのであった(笑) 

保険代理店の綺麗なお姉さんの効果があったのか、次々と増えていく面談相手の数に相手が気圧されたのかは定かではないが面談は順調に進んだ。
実際のところは先方も、賠償方面の知識に明るい友人に聞いて
「妥当な額」と「領収書提出の必要性」については観念したのだろう。
前回のような威勢のよさは無く、
「でも領収書原本は他に使いたいんです」
という言葉を繰り返すだけであった。 

そこでアジャスターが切り札をきった。
「じゃあ、領収書原本を頂けるなら○○元上乗せしますがどうですか?」と切り出した。
どうやら一瞬面談の席をはずしたときに保険会社に連絡し保険金上乗せの許可を得ていたようだ。
ただトイレに立っただけだと思ったら、流石プロらしい行動である。

その提案に対し、相手も
「仕方ないなぁ。わかりましたよ」
とあっさり同意する。
自分の出した「かなり多い金額」と「領収書はコピーで」という要求に対して
「○○元以上は出せませんし、領収書は原本提出です」
と一方的に譲歩させられていた局面でのアジャスターの増額提案は最初の要求額には遠く及ばないものの、面子が立つ落とし所を思いがけず提供してくれた形になったのである。
表面的にはしぶしぶという態度であったが、心中はホッとしていたに違いない。

後日、先方が領収書を持ってきた際に今回の内容をまとめた同意書にサインをしてもらい弊社も同意書どおりの金額を手渡した。
この時は、前回までとは打って変わって例の旦那も笑顔で握手を求めてきた。
この様に罵り合いのような激しい交渉でも、終わった後に態度が別人のように変わるのは中国ではよくあることだ。

結局、今回の事件を通じて先方は、軽い怪我の他に外見では判断できない精神的に大きな傷害も負ったのだろうが、代償として深セン市 平均月収の約半年分もの賠償金を手にした。
弊社としては、免責金額のみではあるが賠償費用と膨大な時間を費やした。

代償として得たのが、
「ハラハラドキドキした活きた経験」
というだけでは 割りに合わないので、今回の教訓を皆様にもお役にたてられるよう下記に整理させて頂く。

《ポイント》
1)リスクを中国スタンダードで予測し様々な会社の保険を入念に比較検討しておく。

保険掛け金、最高補償額などだけでなく細かいケースまで保険料の支払い対象となるか事前確認をしておく。
また保険金が下りるまでの過程で、どのようなサポートをしてくれるのか確認しておく。
一般的には、やはり日系の保険会社は保険金審査なども誠実でサポートも厚いようである。

2)事故発生後は早急に、保険会社との連携しっかりとりながらお客様対応を進める。 

あいまいな知識でお客様対応してしまうと、後々自社に不利な状況を招くことにもなりかねません。
自分の常識感にだけ頼ってお客様の感情に流されないためにも保険会社ときっちりと相談しながらアクションを決めていく。

3)面子を意識した落としどころをしっかり見極めることが大切。

相手の勢いに負けないために勉強して理論武装をするのが大切なのは言うまでもないが、相手が妥協しやすいポイントと、そこに誘導するシナリオを用意してこそ、交渉がまとまる。

こうして振り返ってみると保険会社の助けも合ってなんとか今回は3つのポイントを満たすことができた。
保険会社に入っていなければ費用を相手の言い値どおりに払わされていた可能性もあるし本当にプラカードをもった大量の人に営業妨害されていた可能性もある・・・。
そして保険会社に入っているからと油断して、無知無思考のままお客様の要求を安請け合いしていれば、金銭的なことは言うまでもなく、落としどころを見つけるのにもっと長い時間を要していたことだろう。

適切な保険会社に入るというリスクヘッジだけでは、決して十分でないことがお分かりいただけると思う。
やはり自社内で常に情報にアンテナを張り勉強し日々隣にあるリスクに備え続けていくことが一番のリスクヘッジに間違いない。

今回の賠償問題以外にもリスクは至る所に存在している。
我が社としても今後発生可能性のあるリスクに向けて気を引き締めて準備をしていきたい。

著者紹介

野村 義樹
元ベンチャー・リンク香港 董事長

野村 義樹氏

東京生まれ。
慶應大学法学部政治学科卒。
大学在学中に文部省の奨学生として天津市南開大学に留学。
ベンチャー・リンクに入社後は営業、直営飲食店勤務を経て台湾にて居酒屋「火間土」の初代店長として立上げを行う。
約2年の台湾店長時代を経て、中国は深圳に店長として移籍。
深圳着任3年目以降はベンチャー・リンク深圳の現地責任者に就任。

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