若山牧水の故郷を歩く【市島宋氏@台湾】

【ふるさとの尾鈴の山のかなしさよ 秋もかすみのたなびきてをり】

仕事の合間を利用して久しぶりに帰郷することができた。
私の故郷は、宮崎県の日向市。

お日様に向かうと書いて「日向」(ひゅうが)とはよく言ったもので、気候は温暖、人情温厚、歩む速度も自ずと緩やかになる。
夏のこの時期には、海に向えば釣り糸を垂れ、山へ向えば蝉の声が深緑にこだまする美しい自然に恵まれた土地である。

誰もがそうであるように、久々の帰郷では我が血肉を育てた地元の食材に舌つづみを打ち、家族や友人と深く酒を交わし合う。
この幸せを如何に語ろうか。

しかし我が郷土の陽気な人の多いこと。
男も女も杯を重ねる毎に高らかに語り笑う。
夜も24時を過ぎる頃には、未だ昇らぬ朝日を待ち切れず心の向日葵が大きく花開いているかのようだ。

酒と陽気と言えば、我が郷土の歌人・若山牧水のことを思わずにはいられない。
若山牧水(1885~1928)、本名は繁(しげる)。
日向市から九州山脈に向けて車を走らせること30分程、美しい渓流と雄大な尾鈴山系を一望できる場所に牧水の生家が今も変わらず佇んでいる。

里医者の息子として生まれた牧水は、この大自然に囲まれながら少年期を過ごし、やがて宮崎県立延岡中学に入学し短歌と俳句に目覚め、早稲田大学文学科に進学している。
現代でもそうであるように、九州宮崎の片田舎から早稲田大学に学ぶことは能力的にも経済的にも容易なことではない。
牧水少年にはそれが許される環境と、それ以上に周囲の人々からこの少年に文学を学ばせてやりたいと思わせる輝きがあったのであろう。
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【牧水生家の正面から】

しかし、文学で独立するのはいつの時代も簡単なことではなく、才能あふれる若者にも現実世界の試練は容赦なく降りそそいだ。
また、下記の年表でもわかるように牧水が生きた時代は、我が国が近代化に目覚め富国強兵を推し進めた激動の時代であったのだ。

1885年(牧水1歳) 伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任。
1889年(牧水5歳) 大日本帝国憲法公布。
1894年(牧水10歳) 日清戦争勃発。
1902年(牧水18歳) 日英同盟締結。
1904年(牧水20歳) 日露戦争勃発。
1914年(牧水30歳) 第一次世界大戦勃発。
1923年(牧水39歳) 関東大震災発生。

富国強兵の中で花形と言えば、中央官僚や軍人、産業で言えばインフラ整備に従事する建築業や軍需に後押しされた重工業などがそれに当たったはずである。 当時のエリート達は、日本を世界の列強に押し上げるべく日々努力を積み重ね、走り続けていた時代であったことは想像に難くない。
そんな時代に文学を志しながら不安定な暮らしを続け、時には親族や友人への普請も止むことのない牧水を世間はどのように見ていたのであろうか。

冒頭の歌は牧水が27歳の頃、病床の父を見舞うために帰郷した際に、親族達から強く故郷での就職を勧められ苦悩の中で生まれた歌である。
愛するべき人々と、文学への情熱に身を焼かれながら、およそ10ヶ月に及んだ郷里への滞在を経てなお牧水は文学の道を曲げなかった。
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【若山牧水の生家の正面を流れる坪谷川と尾鈴山地】

【けふもまたこころの鉦(かね)をうち鳴らし うち鳴らしつつあくがれて行く】

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郷里にいてはまだ見ぬ場所に憧れ、憧れるほどに寂しさを抱えてなお憧れる。
明治時代の苛烈さや、その影に映る悲哀も何処吹く風の如く、ましてその時代を生き抜くための「強がり」などは入り込む余地が無いほどの赤裸々で正直な生き方こそ牧水の魅力であり彼の作品の根幹を成しているように思える。

ちなみに、『牧水』の号には彼が愛した二つのものが込められている。
一つは、母(マキ)の名前。もう一つは、郷里を流れ潤す美しい水である。

若山牧水は、生涯この号を胸に旅を続けた放浪者であり、愛すべきものを愛し続け、憧れ続けた時代の快男児であったのだ。

参考:【若山牧水official web site】 http://www.bokusui.jp/

参考:【若山牧水の生涯-幾山河に故郷を愛して-1996年製作(youtubeより)】 http://www.youtube.com/watch?v=Hrli5wt9MG4

著者紹介

市島宋氏:台湾福茶代表

市島宋

1974年、宮崎県生まれ。宮崎産業経営大学卒。
スポーツインストラクターを経て、国内のエンジニア派遣会社に入社。主に台湾、韓国、アメリカで数多くの半導体・液晶パネル工場立ち上げに携わる。
2000年、偶然口にした一杯の烏龍茶に魅せられてお茶の世界へ転身、台湾省 茶業改良場の有機栽培研究員と共に約2年間現地の茶農家を渡り歩き茶業全般を 学び2003年に台湾福茶を立ち上げる。
現在も台湾を拠点に、馴染みの茶農家 達とお茶を作りながら活動している。

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