治安のこと 【小尾春氏@ベトナム】

第8回 治安のこと
いろいろな質問に交じって、「ベトナムの治安はどうなのですか?」と、よく尋ねられる。「良いです。ある意味日本よりいい部分もあるかも」と答えている。
外国人として生活していて、泥棒やひったくりの話はよく聞くが、もっと物騒なこと、例えば殺人などに外国人が巻き込まれることは極めて稀だし、夜遅くまで女性が独り歩きしていても大丈夫なこともありがたい。

私が最初に泥棒を、直接的・間接的に経験したのは1990年代後半、留学生のときだった。まずは自転車を盗まれた。まだ訪越して間もない頃で、ちょっとそこまで、という感じで道端に鍵をかけて置いておいたのだが、数分で消えてしまった。自転車やバイクはお金を出して預けるのが常識のベトナムで、道路に置きっぱなしにしたのが悪かったようで、大家さんには大笑いされ、「ま~、まず戻って来ないから諦めなさい」と言われ、実際戻ってくることはなかった。

続いて、大家さんのお家が泥棒に遭った。皆が寝静まっている間に泥棒が屋根伝いに入ってきたようで、屋上から1階に降り、1階の家財道具をあらかたトラックに積んで盗んでいった。起きたら、1階が文字通り「もぬけのから」になっていたのが、忘れられない。これも、警察に届け出はしたが、何一つ戻ってこなかった。
この国では「盗まれたらお終い」なのだと強く感じたものだ。それ以来、私自身はいろいろと気を付けるようになったのか、これまでモノを盗まれた経験もない。

しかし時代は変わった。私はその後、置き忘れたが戻ってきた経験を2度している。2度ともホーチミン市でのことだ。ここでは、特に印象に残った1度目のことを書きたい。

数年前、タクシーの中でのこと。移動中に傍らに置いていた小型ノート型パソコンを車中に置いたまま降りてしまった。東芝製で、まだ買ったばかり。しばらくしてそのことに気づいたが、覚えているのは乗車したタクシーの会社名くらい。「車のナンバーがわかればねえ…」とスタッフに言われて頭を抱えた…が、これがわかったのだ。この時、ホテルから乗車したのが幸運だった。私は知らなかったのだが、大きなホテルでは担当のスタッフが何時に何番のタクシーが客を乗せてホテルを出発したかを常にメモしている。その担当スタッフに、おおよその乗車時間とタクシー会社の名前を告げたところ、タクシーの番号を探し当ててくれた。その番号を持ってタクシー会社を尋ねる。国営のタクシー会社で、事務所は空港のすぐ近くだった。その場で書類のようなものを書かされ、しばらくして運転手と対面することができた。
しかし、運転手はあくまで「知らない」という。「パソコンのことなど気づかなかった。きっとその後に乗ったお客が持って行ったのだろう」と。「パソコンの中には大事なデータも入っているから、お願いだから返して欲しい。あなたが望むだけの御礼はするから」と繰り返し話しても、状況は変わらなかった。「こうなると、私は次に警察に被害届を出すよ。そうするとあなたは警察から取り調べを受けることになるけれど、それでもいい?」と、尋ねると、「仕方ない。でも自分はやっていないのだからやっても無駄だ」という。
仕方なく警察に行き、被害届を提出。すると翌日の夕方に警察から呼び出しが来た。行ってみると、懐かしの我がパソコンがあるではないか!まさか、返ってくるとは。本当に有難かった。スタッフの助言で、警察には「心づけ」の封筒を渡した。

この話には後日談がある。私が、また同じホテルからタクシーに乗ったところ、例のパソコン事件の運転手の友人だという人がそのタクシーを運転していて、怒られた。「可哀想に、アイツはオマエのせいで職を追われたばかりか、警察から殆ど拷問に近い取り調べを受けて、心に傷まで負った」と。「それもこれも、オマエがそんな高額な品を不用意に置き忘れるからいけないんじゃないか。アイツは生真面目だから、置き忘れさえしなければ、盗んだりすることもなかったよ」。いちいち尤もだと聞いていると、「だから、タクシー会社にアイツを復職させるよう嘆願書を書いて欲しい」と言われた。結局応じなかったのだが、置き忘れには本当に気を付けようと反省した。

ベトナムでモノを失くしたときに、戻って来ることは稀だと思う。私自身はこんな経験をしているけれど、同じような話はあまり聞かない。しかし、警察やタクシーのカスタマーサービスの対応も、以前に比べると本当によくなっているし、私自身は何もわからなくても、周囲にいる人たちが案外知恵を持っているものだ。例えばホテルの入り口で出発するタクシーの番号を控えていることなどは、ホテルに勤める知り合いに聞くまでは知らなかった。そうやって周囲に助けてもらうことができれば、案外何とかなることもあるんだな、と感じた出来事だった。

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