東日本大震災から読み解く日台絆の淵源【渡邊崇之@台湾】

東日本大震災から1ヶ月が経過した。
今回はその直後のコラムとして、台湾の方々から差し伸べて頂いた温かい支援から日台の絆の深淵を読み解いて行きたいと思う。

既に報道されているが、震災1ヶ月後の4月11日現在において台湾からの義援金は44億2967万台湾ドルとなり、日本円にして130億円を超える金額になると言う。
しかも、その9割以上が民間によるものとのことだ。この金額は2300万の人口で、平均所得13万円の国家の規模から考えるとこの金額はけた外れなものであることは間違いない。
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報道で流れているデータ上の情報はここでは割愛するにして、まずは私が実際目の当たりにした義援金活動の一端を紹介したい。

『相信希望(希望を信じて)』というテーマのテレビ生中継のチャリティーコンサート上では400人を超える芸能人がボランティアで出席した。
生放送中に電話による義援金の受付を芸能人が直接受け付けると言うものだ。
地元テレビでタレント活動も行っている歯科技師の瀬上剛さんによると、当初芸能人1人当たり30分単位の担当だったところ、急遽1人に付き15分に短縮されるほど芸能人が自発的に次々と参加を表明して来たと言う。テーマでテーマソングも作られ、4時間半にして実に21億円が集まった。

台北では花博覧会が開催中である。の入場券売り場は連日行列となって賑わうが、募金箱に別の行列ができる程で、皆がこぞって義援金を投げ込んでいた。

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夜市で有名な士林や、若者が集まる西門町では日本人留学生による募金活動に対し台湾の若者が積極的に応じてくれていた。

様々なチャリティーコンサートが次々と開催された。
筆者が参加した日台のプロ・素人が結集した合唱コンサート『台日歌楽合唱祈福音楽会』では、会場に設置された募金箱にものすごいスピードで1000元札が投げ込まれていた。

我が社で運営するホームページや店舗でも直接義援金を募った。すぐに100名を超える方から義援金や激励の声が集まった。既に義援金を投じている台湾人の方々が我々も義援金募集をしていることを知り、
「あなた達在台の日本人を通じて直接日本人に届けて欲しい」と、追加で義援金を持ち込んで下さった。

日系企業の新人社員は初任給のお小遣い全額を神妙な面持ちで持ち込んでくれた。
自分で持ち込んだ翌日には両親や親戚にまで呼びかけをし、預かった義援金を再び持ち込んでくれた方もいた。このように例を挙げればきりがないが、今ほど台湾の方々による日本に対する純粋な思いを感じたことはない。

台湾以外の近隣諸国でもこれまでの例に見ない異例の支援の手の数々が差し伸べられている。台湾同様に心からの同情と被災者達の忍耐への尊敬から来る義侠心や仁愛の情から来るものだろうか。日本人として心から感謝し、これを契機により深い友情へと発展することを期待したい。と同時に、一方でこのような声も聞かれるようだ。領土問題が発生すると、「今までの我々の支援に水を差した。もう支援しない。」という声が出て来たり、日本の首相から感謝の意に対し、「自分達の国名を挙げないのは侮辱だ。」という声がネットに溢れたりという、言わば感情的な「見返り」を求める声が一部で挙がり、議論を呼んでいるとのことだ。

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一方で台湾ではそのような声はほとんど聞 かれない。一部あるにはあったが、すぐに国辱として世論に抹殺されている。支援額も近隣諸国と比較しても突出していながら、感情的には何も見返りを求めない、文字通
り「無償」の支援なのである。「苦しい時の友こそ真の友」と言うが、間違いなく台湾は日本にとって真の友である。
では何故台湾人はここまで日本を心配し、支援をしてくれるのか?単に親日国家だからということだけでは片づけられないまた、片づけてはいけないテーマであろう。少し長くなってしまうが、もう少しお付き合い頂いてこのテーマを掘り下げてみたい。

今回の大震災の報道で、海外からは被災者達が秩序を守り、自分よりも他人を慮る日本人に驚きと称賛の声が挙がっているようだ。何を隠そう、実は当の日本人である筆者も驚いた。終戦直後、日本では無政府状態であっても暴動と呼べるようなことは起き得なかった。
秩序を保ち、日本人1人1人が我慢し合い、皆で復興を遂げて行った。しかし集団よりも個人の権利尊重を過度に謳った教育にどっぷり浸かった現代の日本人がまぎれもなく戦後最大の危機であるこの大震災において、終戦直後の日本人と同様の行動を取ることが出来るのか?そんな疑問を少なからず持っていたからだと思う。それはもしかすると「自分が被災の当事者であったら、同じような忍耐が出来るのか?」という問いに対してはっきり自信を持ってイエスと言い切れない、戦後教育にどっぷり浸った日本人である自分への疑問なのかもしれない。

しかし、映像でかくも忍耐強い被災者同胞の姿を目の当たりにして、そんな疑問はすぐに吹き飛んだ。胸が切り裂かれる思いで一杯になり、何もできない自分への無力感と同時に、被災者の姿に深く感動し、同じ日本人としての誇りを感じた。

日本人は日本人らしさを失っていなかった。表面的には戦後教育による伝統的価値規範崩壊の危機が叫ばれていても、いざと言うは日本人はやはり日本人らしかった。公義の精神、勇猛な行動力、仁愛の情、礼節の心、誠実さ、忠誠心を如何なく発揮していた。日本人共通の価値規範とも言うべき「武士道精神」、「大和魂」を自然と体現していたのである。

熾烈な環境の中でも尚互いを支え合う被災者達、それを一致団結して克服しようという同胞。精神的に自信を失いかけていた日本人にとって、こういった感動的な姿の数々は日本人としての誇りと自信を取り戻す大いなる契機となった。
そして、日本人としての根幹の価値規範は一時的な教育方針で安易に失われて行くものでは無く、我々の心の奥底にしっかりと根付いているものなのだと、改めて実感できたのである。

こういった日本人の姿に海外からの称賛には次のような疑問がセットとなって付いて来るようだ。
「自国では暴動が起きてもおかしくない状況なのに、何故日本人はあれほどまでの災害でも秩序ある行動を取れるのか?」
それを問われても日本人としては「それが日本人だから」としか答える以外思いつかないのではないだろうか?

同じ海外でもここ台湾では称賛こそあれ、この質問攻めには一度も遭遇しなかった。
台湾人は「あれこそが我々の尊敬する日本人だ」「日本人なら当然あのように行動するでしょう。」
と言ってくれるのである。
そして、「胸が張り裂けそうになる。」「とても他人ごととは思えない。」「映像を見る度に涙が
止まらない。」と心から同情してくれるのだ。

危機の時ほど人間の本性が出るというが、日本人はこれだけの危機でも日本人らしさを発揮した。台湾人は見事にその日本人の本性を見抜いてくれている。そして、心情的にはもはや「隣人」を超え「同胞」意識で被災者に感情を合わせくれている。もちろんこのような台湾人が全てだと言うつもりはない。私の周りにいる台湾人の方々は少なからず日本との交流が多い為、それを持って台湾人の平均とすることはできないだろう。
しかしながら、最も尊敬する国、最も好きな国ランキングで1位の日本を台湾人はお手本として見てくれていることは間違いない。「人としてこうありたい」、「このような人になりたい」と願う人間としての美学、或いは「人としてこうあるべきだ」という価値規範。
日本人と台湾人にはそういった根っこの精神的土台に共通部分が多い。そして、台湾人にとってその理想を体現している姿に日本人を重ね合わせるのである。

これは良く一般的に論じられる、台湾の地政学上における絶妙の政治バランス感覚から来る親日感情とか日本時代における文化的遺産から来る懐古の念などと言う概念だけで断じることはできないと思う。その淵源を突き詰めて行くと、似通った気候の同じ島国として脈々と培ってきたアミニズム的な人生観、死生観にまで辿り着く。

台湾ではこれを俗に「日本精神」「台湾精神」という言葉で言い表す。しかし、これらは不文律の精神的遺産であるためなかなか定義しにくいものである。それでも、今回の震災時の被災者の行動を見て、その論理的な心理構造の解析を求める海外の人々に対し、日本人と台湾人は「それは日本人だから」と肌感覚で納得できる。そこに論理的な説明は必要ない。この肌感覚こそが精神的遺産を共有している何よりの証左ではないかと思う。

表面上は違う言語を話し、見た目も異なった文化や宗教を持つ日本と台湾。根っこの精神的遺産へのシンパシーが日本人を「同胞」として、これだけの支援をせしめているのではないかと筆者は考える。

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