外国語教育【池田 佳史氏@オーストラリア】

前回選択教科について述べましたが、外国語についてお話したいと思います。

外国語の選択は、多民族国家ということもあり非常に幅広いです。
アデレードだけでも110カ国以上の人種が住んでいると言われています。
先日、言語学の表彰式に出席したのですが、
アラビア語、ボスニア語、中国語、クロアチア語、ダーリ語、フランス語、ドイツ語、ヒンディー語、ハンガリー語、インドネシア語、イタリア語、日本語、クメール語、韓国語、ペルシャ語、ポーランド語、ポルトガル語、セルビア語、スペイン語、スワヒリ語、ベトナム語、
そしてアボリジニの原住民の言語と、日本ではなかなか勉強できない言葉を身近に選択して学習することが可能です。

この外国語教育において、日本とオーストラリアは少し違うように感じます。
まず日本では教室移動がありませんので、殺風景な教室で淡々と外国語(英語)の授業が行われますが、こちらではその語学の教室がありますので、生徒達はその教室に移動して授業を受けます。
教室には、その国の国旗や地図、都市や町並みの写真、伝統工芸などが飾られています。
語学だけを教えるのではなく、その国の文化や歴史にまで触れられる環境が設けられています。
例えば日本語のクラスについていえば、私の息子の通う小学校では、日の丸の国旗はもちろん、日本地図、都市の写真、浴衣、人形などが飾ってあり、また桃の節句のお内裏様とお雛様を折り紙で作った生徒達の作品などが掲げられています。
高校に入るともう少し専門的になりますが、それでも日本文化について調べさせたり、日本食レストランに生徒達と一緒に食べに行ったりと、文法や読み書きの勉強だけでなく、その国に興味を持たせるような指導も行っています。
12年生の授業となりますと、文法や読解もありますが、リスニングや日本の伝統文化についてのエッセイも含まれています。
また面接(インタビュー)があり、日本語でのスピーチの他に試験官からの質疑応答があり、そして面接室に入ってからの態度や挨拶までがチェックされます。
授業で語学を選択した学生は、卒業する頃にはかなり話すことができるようになっています。
日本ではこのように、言語と共に文化を学び、実践に近い会話重視の英語を教えている学校は少ないのではないでしょうか。
そのため、高校卒業時での外国語の会話能力やコミュニケーション力においては、日本よりもこちらの方が高いように思います。
もちろん国民性の違いもあると思います。
こちらの人達は知っている単語が少しでもあれば“知っている!”と言って積極的に話しかけてきますが、日本人の場合は大抵きちんとした英語が話せないと恥ずかしいと感じて話しかけないことが多いように思います。

そういったことからも、こちらの外国語教育には、間違いを恐れず実践を通して会話力を深めていっている背景があるのだと思います。
この実践に近い語学学習は日本にも取り入れるべきだと思います。

ただ、読み書きに関しましては、日本は非常に長けていると感じます。
ひらがな48文字、カタカナ48文字と他の外国語のアルファベットに比べて種類が非常に多く、また漢字に関しましては高校卒業時までに約3,000語を学び、その漢字でも音読みと訓読みがあります。
このようなことから、かなり読み書きに力を入れなければならないことが伺え、そのため英語に関しましても読み書きが得意になるのではないかと推測しております。
こちらの人達は読みはともかく、スペルが苦手な人が多く、傘(umbrella)が書けなかったり、私達が簡単と感じるようなバナナ(banana)すら書けない人も少なくないようです。
こちらの人達に漢字を教えると、書き順はお構いなしに絵を描くような感覚で漢字を書きます。
また、書道というような授業もありませんので、字が下手な人が多いです。
私自身、学生時代に学校の先生の板書を写すのに苦労しました。

ともかく、それぞれの国において特徴があり長所がありますので、見習うべき所は見習うべきだと思います。
ただ見習うにあたっては、何が長所なのかを判断するために、まず自国を知らなければなりません。
そして言葉は文化や歴史と非常に密接な関係がありますので、まず言語を習うにはその国の歴史や文化も学ぶことが非常に大切なことだと言えます。
日本には素晴らしい歴史と文化があります。
しかし残念なことに現在の日本の若者の多くは、あまりにも日本という国を知らず、興味も持たず、安易に諸外国の物を取り入れているように思います。
ファッションや食文化だけでなく言語にしましても、外国で生まれた言葉は仕方ありませんが、日本語にある言葉をわざわざ英語にしたり、単語を極端に短くして話す傾向があるように思います。
その上、パソコンや携帯電話などの通信機器を必要以上に使用することによって、若者の日本語崩壊が起きていると感じられます。
こちらでは、英語以外の言葉や文化をバックグラウンドとする親御さん達が、学校の外国語教科としての語学以外に、こちらで生まれて育った子供達に自分達の国の言葉を習わせる事も少なくありません。
こちらで育ち学校に通い始めますと、どうしても英語のほうが強くなり、自分達の人種の言葉が話せなくなってしまうからです。
それほど自分の国に誇りを持ち、存続させようと必死です。
世界でも言語の消滅と民族の消滅は深い関係があるように思います。
今の日本を見ていますと、将来日本国がなくなってしまうのではという危惧の念さえ抱きます。
オーストラリア人にしましても、学校の集会(朝礼)では毎回国歌を歌いますし、祝日には国旗を掲げる家庭も多いです。
それほど愛国心が強いのです。
日本で国歌斉唱や国旗掲揚が教育現場で問題になっていること自体非常に嘆かわしいことです。
自国をリスペクトできない人間は他国もリスペクトできないと思います。
日本で“国際人=英語を話すこと”と勘違いされている節があるようですが、単に英語を話すことが国際人に値するということはありません。
本当の国際人になり、色々な民族と真の交流を図るためには、まず自国の歴史や文化をよく知り誇りを持つことから始め、その上で外国語をただ単なる言語としてだけ学ぶのではなく、その国の文化や歴史を学ぶことが重要だと私は思います。

著者紹介

池田 佳史氏:Sports & Education Projects Australia Pty Ltd 代表
メールアドレス:sepapl@bigpond.com.au

池田 佳史

1972年大阪生まれ。
1991年オーストラリア・アデレードに家族で移住する。
親に頼らず、苦学の末オーストラリアと日本の大学を卒業し、両国の教員免許を取得する。
日本人補習校および現地の教員となるが、日本人留学生の実態を知り、2003年日本人としての誇りを教えるべく人格形成を重視した学習塾を立ち上げる。

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