地震とベトナムと【小尾春氏@ベトナム】

第4回 地震とベトナムと

3年近く前、ハノイで働いていた頃に地震に遭ったことがある。せいぜい震度2か3の軽いものだったが、ハノイでは数十年ぶりのことだったらしい。

金曜日の午後だっただろうか、オフィスがぐらぐらと揺れだした。
私と当時株主だった外資系銀行から派遣されていたニュージーランド人は「あ、地震だね」と言い合っただけで冷静に座っていたけれど、他のベトナム人スタッフは皆何が起きたか理解できなかったようだ。
「大丈夫、ただの地震だから!」と言うと、
「えっ、これが地震なの?大変だ!」と言われて
騒ぎが一層大きくなってしまった。

悲鳴が聞こえ、外に逃げようとするスタッフが階段にあふれる大騒ぎ。
騒ぎが収まった後、私のところではそのまま仕事を続けたけれど、社員を自宅に返した会社も多かったようだ。

その位、ベトナムは幸せなことに地震と縁がない(今のところ)。
今回日本で地震が起きた後、ハノイでも一度軽い地震があったようだが、またあんな騒ぎになったのだろうか。

そんなベトナムだけれど、日本で今回起きた地震には、当然ながら強い関心を持っている。
それはやはり、日本がとても身近な国であり友好国であるからということもある。
ベトナム赤十字などを通じて義援金も送られているし、様々な組織が日本を支援しよう!
と募金を呼び掛けているのを見ると、本当にありがたいな、と思う。

けれど、当然理由はそれだけではない。
地理的に近いので、やはり原発事故の影響がベトナムにあるのかどうか、ということに対する不安がとても強いようだ。

その状況を受けて、科学技術省の研究所が「大気中に放射線が発見されたが微量であり、人体に影響はない」という発表を正式に出した。
また、輸入食品への放射線濃度の検査体制の強化なども叫ばれている。

唐突だが、公害などを含め、化学物質による汚染が人体に与える影響や食の安全について話すとき、ベトナム人は、枯葉剤の影響の経験を「最悪の場合」のイメージとして持っているように感じている。

「私たちは枯葉剤の経験があるので、食の安全についてはとてもセンシティブだ」と話す人も結構いる。

枯葉剤被害は、日本ではベトちゃんドクちゃんが象徴的な存在として知られている。
1961年から75年までに大量に散布され、少なくとも400万人以上の人たちが曝露したと報告され、散布地域では出産の異常や奇形児の出産率が今でも非常に高い。
また子供の世代では異常がなかったのに孫の世代に現れるといった事例が昨今でも報告されている。被
害規模としても非常に大きく、また現在でも続いている戦争の傷だ。

日本では、農作物の風評被害が既に始まっているけれど、そういったことはベトナムでもきっと起きるだろうなと思う。
今までベトナムの人は「安心・安全・高品質」のジャパン・ブランドを信頼してくれていたけれど、今後は、日本製だから気をつけなきゃ、という話になってしまうだろうか。

日本からベトナムに輸出されている食品は、中国などに比べればまだまだ少ないけれど、日本の安全でおいしい食品をベトナムにも輸出しよう、という動きが進んでいただけに、現場の人たちは大きな不安を感じているだろう。

いろいろ不安はあるけれど、被災をしていない自分ができることは、元気でいることと経済が回って行くように行動することだと思っている。

また、明らかな風評被害については、それは違うよ、とベトナム人を含めた周囲の人に伝えたい。

けれど、原発事故については、今後具体的にどのような状況になり、また「微量で人体に影響はない」と日本でも発表されている放射線が実際にどういう影響を与えるのか、どのように捉えたらよいのか、知識のない自分にはまだよくわからない。

状況が少しずつでもよくなっていくことを願いながら、当分は見守り続けるしかないのかなと思う。

著者紹介

小尾晴(おび はる) 旧姓 大村
サイゴン証券株式会社 Director 兼 日本ビジネス開発部部長

小尾春氏

1973年石川県生まれ。
津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。大学院在学中にハノイ国家大学に留学。
農村開発調査コンサルタントとしてJICAやJBICの案件に参加後、日本アジア投資株式会社に勤務、ホーチミン市に赴任。
2007年よりベトナム最大の証券会社であるサイゴン証券株式会社に当時唯一の外国人スタッフとして勤務、日系顧客を担当。
現在は退職し日本に帰国、通訳として活動中。

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