読み書きの違い【池田佳史氏@オーストラリア】

読み書きに関して、英語と日本語のどちらが難しいとは一概に言えません。それぞれに難しさがあります。
翻訳に関しましても、言語自体に文化的な背景が含まれますので、完全に100%訳せないものもあります。
ただ、文字だけに関して言いますと、英語のアルファベット26文字に対して、日本語はひらがな、
カタカナ共に46文字、漢字が約3000語、
その漢字のほとんどに音読みと訓読みがありますので、
そういった意味では日本語のほうが難しいと言えるかもしれません。

書く事では、オーストラリアはイギリス系ですので、イギリスのスペルを使います。
例えば、“color”をuを省かずに“colour”と書いたり、“center”のerを逆にreとして“centre”と書いたりします。
また、単語自体もイギリス単語を使います。
例えば、ガソリンは“gasoline”ではなく“petrol”と言ったり、トランクは“trunk”ではなく“boot”を使います。
もちろん、イギリス系とはいいましても、オーストラリアの方言や俗語ももちろんあります。
例えば、夕食のことを“tea”と言ったり、水着のことを“bathers”と言ったりします。 方言に関して言いますと、こちらのローカルのネイティブスピーカーの人たちは、
話し言葉でアデレード出身やメルボルン出身ということが分かるようです。
私もメルボルンに行った際、ビールを注文したのですが、
“ビールを一杯”という表現を“a schooner of beer”と“schooner”を使ったのですが、
バーテンダーから“アデレードから来たの? こっちではパイント(pint)って言うよ”と言われたことがあります。
アデレードでは小グラスをスクーナー(schooner)、中グラスをパイント(pint)、
大グラスをインペーリアルパイント(imperial pint)と言います。
ただ、やはり訛りや方言と言いましても、劇的に変わることはなく会話に関しましてはほとんど支障をきたしません。

しかもアデレードとメルボルンでは約1000キロあります。日本と地理的に大きな差がありますが、
日本では1000キロ離れますと、訛りや表現が大きく変わるのではないでしょうか。
廃藩置県が施行される前の藩で、それぞれの表現や訛りがあるようですので、
たった20~30キロ離れた所でも違うということもあります。しかし私の住んでいるアデレードでは、
100キロ離れた所でも同じです。100キロくらいですと、こちらの人から言わせますと“ちょっとそこまで”の距離です。

話が少し外れましたが、こちらでは書道がないということが大きな違いの一つだと思います。
もちろんスペルをアートのように書く書法はありますが、日本のように精神も含めた“道”というものではありません。
私が中学生の頃は、まだ英語のスペルでもブロック体と筆記体の両方を習い、罫線ノートに練習したものです。
こちらは一応スペルを練習させられますが、日本ほど徹底していないように思います。
また筆記体はほとんど教えません。こちらに来た当初、筆記体で英語を書いていると、
“何を書いているか分からない”や“読めない”とよく言われました。
書類は基本的にブロック体で記入しなければなりません。
筆記体で書かないにしても、日本と比べて綺麗に書く人は少なく、大抵癖のある字であったり、
大文字と小文字が混じり読みにくかったりします。
そういったことから、
私がこちらの大学に行って、会話もさることながら、板書を写すことですら、
何が書いてあるのか読めず苦労しました。また、こちらは左利きの人が多いです。
日本は約5%だと言われていますが、こちらはその倍の10%前後あるのではないでしょうか。
この書道ということも関連しているのではないかと思います。

読書についても面白い違いがみられます。こちらでは絵本を読む際に、
まず題名と表紙の絵から、どのような物語なのかを想像させます。
子供たちに対して自分なりに考えたストーリを言わせた後、絵本を読み始めます。
日本では、そういったことをさせることは非常に少なく、
逆にあらすじをあらかじめ言ってから絵本を読み始めることもあるようです。
子供たちに想像豊かに考えさせ、発表させるということは、
独創性を育てるのにとてもよいことだと思います。ただ、独創性ということからは離れてしまいますが、
日本にはどの地域でも言い伝えや昔話というものがあります。
これらは「いじわるしたら天罰が下る」や「困っている人を助けたらよいことが返ってくる」など、
道徳的なことも含まれており、とても素晴らしいことだと思います。
オーストラリアは日本と比べて歴史が浅いということもありますが、
日本のような昔話がほとんどないということは残念に思います。

また、こちらではレベル分けされたショートストーリーの絵本が小学校の教室にたくさんあり、
そのレベルも30と細かく分けられています。
一日に同じレベルの本2~3冊を家で一回、登校した際に一回、親の前で読むことが義務付けられています。
そして担任の先生が定期的に生徒達の読書レベルをチェックし、
合格すれば次のレベルの本にうつることができるというようになっています。
日本では“小学校低学年向け”のように大まかなレベル分けはありますが、
こちらのような細かいレベル分けがなく、通常教科書を何度も読ませ、
朗読をさせるということがほとんどのように思います。

日本とオーストラリアの識字率は99%以上と、世界でも高いレベルにありますが、
このように両国とも徹底した読書を義務付けていることが大きな理由の一つではないかと思います。
ただ、現代の世の中、科学の発達でパソコンや携帯電話が普及し、今やそれらがなければ仕事ができない、
勉強できないところにまで達しています。紙の本で実際に活字を読むことより、
パソコンや携帯電話を通して見る(読む)ことが多くなり、また実際に字を書くことより、
字をパソコンや携帯電話でタイプするということが多くなってきています。
たしかにパソコンも携帯電話も非常に便利なのですが、学生達の読み書きの能力、
そして会話の能力の低下につながるのではないかと危惧しております。

著者紹介

池田 佳史:Sports & Education Projects Australia Pty Ltd 代表
メールアドレス:sepapl@bigpond.com.au

池田 佳史

1972年大阪生まれ。
1991年オーストラリア・アデレードに家族で移住する。
親に頼らず、苦学の末オーストラリアと日本の大学を卒業し、両国の教員免許を取得する。
日本人補習校および現地の教員となるが、日本人留学生の実態を知り、2003年日本人としての誇りを教えるべく人格形成を重視した学習塾を立ち上げる。

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