銘茶には物語(ストーリー)がある!~名も無き挑戦者たち その1~【市島宋氏@台湾】

突然だが、あなたが思い当たる銘茶といえばどの銘柄になるだろう?
現代では世界中で愛されているお茶なので、数多くの銘柄が挙げられるだろうが、
こと烏龍茶・中国茶というジャンルになれば、多くの方が『鉄観音』(てつかんのん)の名前を口にするのではないかと思われる。

『鉄観音』は『武夷岩茶』に並ぶ銘茶中の銘茶である。
むしろ知名度からすればナンバーワンの地位にあるのではないだろうか。
特に東南アジアの華僑達から愛されており、高級なものはオークションにかけられ驚くほどの高値で取引されるほどだ。

さて、この『鉄観音』、名前だけで何ともありがたいが、このお茶の由来も興味深いものなので当時の社会背景を織り交ぜつつ昔話風に紹介してみたい。

その昔、中国に華やかな王朝文化が花開いた清の乾隆年間(1736年~1795年)のこと、安渓堯陽松林頭郷に魏蔭という茶農家がおりました。

茶農家といっても当時の安渓には銘茶が無く、低価格のお茶として買い叩かれるか、
高級茶として知られる北部の武夷山の岩茶をこっそり水増しするために使われる程度でしたので、
暮らしは一向に苦しく、一族の中からも田畑を棄て貿易港として栄えていた廈門(アモイ)への出稼ぎや船乗りとして台湾や東南アジアへ出て行く者たちが後を絶ちません。
それでも魏蔭は安渓に留まり、お茶を作り続けていたのです。

そんな苦しい暮らしの中、心の支えは観音様でした。
魏蔭はとても信心深い男で、雨の日も風の日も毎朝お茶を観音様にお供えすることを欠かしたことがありませんでした。
魏蔭は祈ります。「いつか武夷岩茶のような素晴らしいお茶ができますように、皆が幸せに暮らすことができますように・・・。」

ある春の夜、魏蔭の枕元に観音様が現れ「お前の信心はたいしたものだ。お前の願いをかなえよう。」と告げられました。
明くる朝、魏蔭はいつものように観音様へお茶をお供えに行ったところ、岩肌の間から光り輝く茶樹の苗が顔を出しているのを見つけたのです。

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魏蔭はさっそくその苗を掘り起こして畑に移植してみると、
瞬く間に大きくなり深緑色をした美しい葉を繁らせました。試しにその茶葉から烏龍茶を作ってみたところ、
この世のものとは思えない素晴らしい香りがするではありませんか!

やがてこの茶樹は安渓中に広がり、茶葉が鉄のような深緑色であることと観音様のお恵みが合わさって、
いつしか『鉄観音』と呼ばれるようになったということです。

おしまい。

一見、ありふれた物語なのだが、
こと商品としての『鉄観音』の由来として読んでみると並々ならぬ執念と計算高さを感じることができる。

まず、一般的な物語にはないほどに何時(年代)、何処で(場所)を明確にしているところだ。
年代に関しては1720年前後に起こった出来事であると更に具体的に語られることもある。
これにより物語がより現実味を帯びてくるのだ。

また、観音様から苗木を授かったとされる魏蔭の住む安渓堯陽松林頭郷という場所は、
烏龍茶の発祥の地と言われる場所でもあり、まさに『鉄観音』は烏龍茶の正統と言わんばかりである。

さらに「ある高僧が発見した」とか、「皇帝が絶賛した」等ではなく、
世俗を一気に飛び越えて「観音様から授かった!」としているところに関心どころか爽快感さえ禁じえない。

ご存知の方もいると思うが、『鉄観音』のライバルである『武夷岩茶』の最高峰は『大紅袍』(だいこうほう)と呼ばれ、
その名の由来は、かつて皇帝がこのお茶を絶賛して茶樹に自らの上着(紅袍)を与えたからだとしている。
皇帝を超えるには、もはや観音様しかないでしょう!と言うことなのだ。

そして、この観音様にも一捻り込められていると筆者は読んでいる。
当時の清王朝は、文殊菩薩を信仰していたのだから、単に時代に寄り添うだけなら「文殊様から授かった」とすれば安泰なのだ。

だが、現代でもそうであるように烏龍茶の国内需要は主に福建省や広東省の中国南東部に集中している。
そして最も重要なのが、当時からこれらの地方では観音信仰が盛んであることだ。
この点は絶対に見逃してはならない。
まさに『鉄観音』は、ターゲットの心を揺さぶるネーミングとイメージ戦略の傑作と言えるのではないだろうか?
『鉄観音』の物語の裏には、名前こそ残ってはいないが天才的な仕掛け人の存在を感じることができるのだ。

乾隆年間(1736年~1795年)という時代は、イギリスに喫茶の習慣が広がり、茶の貿易が盛んに行われた時代であった。
当然、茶の名産地であった武夷山周辺は多大に恩恵を受けたことだろう。

一方、当時の安渓は、茶の産量は多くても品質、知名度共に後塵を拝していたと言える。
そこで一念発起した安渓の人々は、いままでのイメージを払拭させるだけの新商品として『鉄観音』を投入し、大ヒット商品に育て上げるための挑戦に踏み切ったのだ。(つづく)

著者紹介

市島宋氏:台湾福茶代表

市島宋

1974年、宮崎県生まれ。宮崎産業経営大学卒。
スポーツインストラクターを経て、国内のエンジニア派遣会社に入社。主に台湾、韓国、アメリカで数多くの半導体・液晶パネル工場立ち上げに携わる。
2000年、偶然口にした一杯の烏龍茶に魅せられてお茶の世界へ転身、台湾省 茶業改良場の有機栽培研究員と共に約2年間現地の茶農家を渡り歩き茶業全般を 学び2003年に台湾福茶を立ち上げる。
現在も台湾を拠点に、馴染みの茶農家 達とお茶を作りながら活動している。

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