「みんなの経済新聞ネットワーク」の多言語展開へ向けて【岩田弘志氏@シンガポール】

こちらの記事は過去記事の再掲載となります。現時点の情報ではありませんのでご注意ください。

「シンガポール経済新聞」は、シンガポールの街角で日々起こっている身近なビジネスネタを記事にしてウェブサイトで公開するサービスです。
私は現在このサイトの責任者として日々日本に住んでいる人たちの刺激になるようなネタを拾い、記事にして読者のみなさんの閉塞感を打破する刺激となるよう取材・執筆活動を行っています。

このサイトは「みんなの経済新聞ネットワーク」という、北は札幌から南は石垣島までそれぞれ地元に根ざした小さな会社が運営する「**経済新聞」が連携したネットワークの一つに属しています。
日々街角で人々が地域のために、ビジネスのためにと絞った様々な活動を記録してきています。
全国60カ所以上で運営されているので、読者のみなさんそれぞれにとって、思いの強いサイトがどこか一つは見つかるのではないかと思います。

実は「シンガポール経済新聞」は2007年に別の会社で運営が開始されました。
シンガポールで日本語のフリーペーパーやラジオを手がけてきた日系メディアです。

私は当時その会社の関連会社の社員で、早くからブログを始めていたこともあり、この「シンガポール経済新聞」プロジェクトが立ち上がると同時に同社に移籍、最初の編集者として約10ケ月間体制の構築に勤しんでいました。
その後訳あり、会社を辞することになったのですが、この「みんなの経済新聞ネットワーク」の意義に惚れ込み、
「会社は離れるがいつか別の地域でもいいから『**経済新聞』をやってみたい」とそれを新たな夢の一つとすることになりました。

それから3年が経ち、2010年になって前述の会社が「シンガポール経済新聞」を取りやめることになりました。
また丁度タイミングよく私は新会社を立ち上げるところで、交渉という交渉もないままその「シンガポール経済新聞」を引き取ることとなり、今度は編集長としてあっさりとこの夢が達成されました。

話題は少し変わりますが、2010年の私のテーマに「北陸とアジアをつなぐ」というものがありました。
富山県出身の私は、北陸への愛着と自分の現在のスタンスから故郷へ貢献する形のひとつとして「(北陸からみて)海外は東京や大阪の向こうにあるのではない」と説き、シンガポールと北陸の二拠点同時のビジネス展開を模索しました。
2010年にシンガポールから富山へ帰郷した数は実に7回を数えます。この間、北陸地方で元気のある異端的な人たちを探し出し、連携し、また進出企業を探したりもしていました。

そして今年、ある会社が手を上げてくれました。
「富山経済新聞」を始めたいと。
北陸ではまだ「金沢経済新聞」しかなく、実現すれば北陸で2番目の「**経済新聞」になります。
「富山経済新聞」の開設で、富山のユニークな毎日の事柄がピックアップされるばかりか、全国の注目を浴びるニュースも時折出るかもしれません。
何よりも私自身が帰郷時に「どこに行けばいいのか」、「誰と会えばいいのか」、事前に目論むことができます。
私はアドバイザーとして積極的に開設へ向けて協力することとしました。

読者のみなさんにはこの「富山経済新聞」の登場を楽しみに待っていて頂ければと思います。

まだ道のりは長いですが、きっと面白く、ブックマークしたくなるサイトとなることでしょう。

それからこの「富山経済新聞」を英語で発信できないかと模索を始めています。
日本語での記事が掲載されてから12時間以内に英語で同じトピックの記事を配信するという構想です。
英語記事といっても単なる翻訳ではなく、英語話者が読んでもわかりやすく興味深い内容にするため少々編集を加える意向です。

単純に英語話者は日本語話者の約20倍の人口がいます。
一回の記事で20倍の読者が読んでくれる可能性が出るという単純計算も興味深いことです。
しかし、本当の狙いは日本の地方を刺激すること、日本の地方や小さな商店会にスポットライトを浴びせることにあります。

現在日本を訪れる外国人観光客といえば、東京、京都、奈良、北海道などの有名な行楽地、文化都市を訪れ、そちらに集中していますが、もし「富山経済新聞」の英語運営が一定の成功を納めれば、富山の特定のニュースで取り上げられたお店を、たまたま趣味に合致した見知らぬ土地に住む外国人がブックマークし、そのお店に遊びに行くという流れが出てくるでしょう。
これが頻出すれば、富山という街は国際都市として多少名の知られた場所となり、フリーの外国人観光客がそれぞれの趣味に併せて訪れるところのある街となっていきます。
また、地域の人にとっての外国人はこれまでは取り扱いに緊張する距離のある人だったとしても、一旦お金を支払ってくれる、地域にお金を落として行ってくれる、ということになれば、地域の人は外国人に対し今よりも胸襟を開き、積極的に交流を計るようになるでしょう。

富山でのこととして仮定したこのプロジェクトが全国で起こることになったらどうでしょう。
日本全国隅々まで外国人観光客が楽しんで冒険旅行をするようになります。
地域のユニークな沢山の物事に心を開き、地域のアイデンティティを保つことと国際的になっていくことが両立して成長していくことがみられるでしょう。

今、私はこのようなことを「みんなの経済新聞ネットワーク」で構想しています。
 
今年はまだ1度も帰郷していませんが、近々英語版「富山経済新聞」のスポンサー交渉のため帰郷します。

著者紹介

岩田 弘志氏

岩田 弘志氏

中央大学卒業後、富山へ帰郷。日本通運で5年強勤務。
98年より渡星し日系引越会社へ就職。
02年異文化トレーニングファームIBCの日本リエゾン就任するも、04年にシンガポールへ戻り再度同じ引越会社へマネージャー職として復帰。
07年シンガポール経済新聞を立ち上げるため同グループ内の出版会社コムへ移籍。
その後ONE IPTV社GM、セレスティアル・ナビゲーションズ社取締役を歴任。
起業支援のドリームゲート内でブログを2005年より展開。
http://bit.ly/d9rDwO

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